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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)62号 判決

審決にこれを取り消すべき違法の点があるかどうかについて検討する。

(一) 本願発明の要旨の解釈について。

原告は、本願発明の要旨の解釈として、クロスバースイツチの容量、フレーム入線数、同出線数等につき、発明の詳細な説明及び図面の記載に徴して、原告主張のとおりの数値限定があるものと解すべき旨主張するが、以下に説示するとおり、右主張は採用できないものといわなければならない。

特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載すべきものであり(特許法第三六条第五項)、一旦特許されたときには、その記載に基づいて特許発明の技術的範囲を定めなければならないものである(同法第七〇条)から、発明の要旨の認定ないしその解釈は、特許請求の範囲の記載に基づいて行なうべきであつて、その際、特段の事情がない限り、そこに記載された事項を無視したり、あるいは、記載されていない事項を付加したりすることは、許されないところである。もつとも、特許請求の範囲の記載の解釈にあたつて、明細書の他の部分や図面の記載、出願当時の技術水準などを考慮すべきことは、原告のいうとおりである。ただし、そうした考慮も、特許請求の範囲の記載が必ずしも明確でない場合に、その意味内容を可能な限り客観的、合理的に検討して、当該発明に関する諸般の事情の下で、最も合理的かつ妥当とすべき結論を導き出すためのものでなければならない。

しかるに、本件の場合、成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公報)の記載に照せば、当事者間に争いのない本願発明の要旨は、その明細書の特許請求の範囲の記載と同一であると認められるところ、右特許請求の範囲の記載に原告主張のような数値限定があるものと解釈しなければ不合理な結果となるような特段の事情は認めることができない。すなわち、右甲第二号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の欄と図面には、なるほど、トランクリンクフレーム中継線方式としては、20×20の容量のクロスバースイツチのみを用いたフレーム入線数が四〇〇で同出線数が二〇〇のものと、フレーム入線数、同出線数共に四〇〇のものとが、それらの効果と共に記載されており、それ以外の構成のものは記載されていないことが認められる。しかし、他のスイツチ容量、フレーム入線数、同出線数のものとの対比によつて右数値の臨界的意義を示したうえで、その数値のものが本願発明である、と特に明記されているわけではない。特許請求の範囲の記載も、原告主張の数値限定がない限り矛盾や不合理な点が残るという内容のものではなく、また、その数値によらなければ特許請求の範囲に記載された接続形態が実現できないというものでもなく、他の適当な容量のクロスバースイツチを用いて、それに応じた入線数と出線数を有するトランクリンクフレームを特許請求の範囲の記載のとおりの接続形態によつて構成することが可能であり、かつ、それによつて相応の効果が生ずることは明らかである。したがつて、発明の詳細な説明の欄に記載されたものは、一実施例にすぎず、これが本願発明の要旨の解釈上その内容を限定すべきものではないと解するのが相当である。

(二) 本願発明の出願当時の技術水準について。

原告は、本願発明の出願当時、第一引用例記載のトランクリンクフレーム中継線方式を批判する能力など、一般技術者には全くなかつたと主張するが、後記のとおり、この主張もまた採用できない。

第一引用例記載の交換機が、当時世界最高の技術力を有する企業が開発した世界的に優秀なものであり、わが国技術者がそれを模倣することによつてクロスバー交換機を実用化したものであつたにせよ、極めて高い信頼性が要求される交換機のための細部にわたる高度の技術的完成を成し遂げて、これを実用化するのに必要な技術力と、それに比べれば多分に理論的な問題である中継線方式の部分的変更に必要な知識、能力とでは、同日に論ずることができないことは、たやすく肯認しうるところであろう。本願発明の場合、その原出願(昭和三五年九月一三日)は、第一引用例の発行(成立に争いのない甲第三号証によれば昭和二四年一〇月)後すでに一一年を経過し、わが国においても、第二引用例(成立に争いのない甲第四号証によれば昭和三一年発行)のようなクロスバー交換機に関する解説記事が刊行物に掲載されるようになつてから四年を経た時期であつたことを考慮すれば、第一引用例記載のトランクリンクフレーム中継線方式について、その抜本的改変ならば格別部分的な変更であれば、当業者にはそのための十分な知識、能力があつたとみるのが相当である。

(三) 取消事由の一について。

本願発明の要旨に関し、クロスバースイツチの容量について原告主張の数値限定があるものと解することができないことは、前説示のとおりであるから、その水平バーの本数に関する原告の主張は採用できない。また、その切替バーが切替専用に特に付加されたものであるとの主張も、前記甲第二号証に照せば、特許請求の範囲はもとより発明の詳細な説明の欄や図面にすら記載されていない事項についてのものと認められるから、同様採用できない。

そして、右のような限定のない本願発明の要旨に前記甲第三、第四号証をあわせ考えれば、本願発明における「切替バーを有するクロスバースイツチ」は、引用フレームのトランクリンクスイツチ(甲第三号証においては「トランクスイツチ」の名称が用いられているが、これが本願発明の「トランクリンクスイツチ」にあたることは同号証記載のフレームの構成上明らかである。)に用いられており、かつ、第二引用例に記載されている切替バー付クロスバースイツチを含むものであつて、その限りにおいて、後者と同一であるといわざるをえないものであると認められる。したがつて、それらが相違するものであるとし、これを前提として、引用フレームのトランクスイツチに第二引用例記載の切替バー付クロスバースイツチを類推適用しても本願発明の構成とはならず、クロスバースイツチにおける右相違がトランクリンクフレーム中継線方式としての全体的変更と顕著な効果とをもたらすという原告の主張は、その理由がなく、本願発明は、引用フレームのトランクスイツチを第二引用例記載の切替バー付クロスバースイツチで置換したものに相当するというべきである。

そこで、右のように置換することが容易に推考できたかどうかを考究するに、右甲第三、第四号証によれば、第二引用例記載の切替バー付クロスバースイツチは、20×16の容量を有し、引用フレームのトランクスイツチに用いられているクロスバースイツチと比較して、水平路数は多いが、垂直路数は同じであることが認められ、したがつて、これを引用フレームのトランクスイツチとして用いても、水平路数が増加するだけで、トランクスイツチとトランクリンクスイツチ間のクロス接続(これは両スイツチの垂直路の間に施される。)には全く変更を要しないことが明らかである。してみれば、このような置換は、技術上全くの部分的な改変にすぎず、前示の出願当時の技術水準を考慮しても、当業者であれば、例えばフレーム入線数を増加したいというような実用上通常生ずる必要に応じて、容易に推考できたものというべきである。

以上によれば、審決が、本願発明は引用フレームに対して第二引用例記載の切替バー付クロスバースイツチを単に類推適用したものにすぎないとしたのは、相当であり、これを誤りであるとする原告の主張は理由のないものといわなければならない。

(四) 取消事由の二について。

取消事由の二として原告が主張するところは、結局、本願発明の要旨について原告主張の数値限定があるものと解することを前提として、その場合における本願発明と引用フレームとの間の効果上の差異を審決が看過したというに帰着する。しかし、本願発明の要旨をそのようなものと解することのできないことは前示のとおりであるから、原告の右主張は、その前提において失当であり、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわなければならない。

右のとおり数値限定があるといえない以上、本願発明の効果は、引用フレームにおいてそのトランクスイツチに切替バー付クロスバースイツチを用いた場合の一般的な効果にすぎず、それは、単にクロスバースイツチの水平路数を増加することによつて、フレーム入線数を増加し(すなわち回線束を大きくし)、それによりトラヒツク容量(回線能率)を向上し、しかもクロスバースイツチの大型化を避けうる、というにとどまるものといわなければならない。しかるに、前記甲第四号証によれば、第二引用例には、切替バーの使用が水平路数増加手段として説明されていることが認められ、また、いずれもその成立に争いのない甲第五ないし第七号証によれば、回線束を大きくすればトラヒツク容量(回線能率)が向上することは、周知のモリナの式によつて当然に導かれる結果であることが認められ、さらに、切替バーを用いればクロスバースイツチの大きさを変えずに水平路数を増すことができることは原理上当然のことであるから、右効果は、引用フレームに第二引用例記載の切替バー付クロスバースイツチを類推適用するに際して、当然予測される程度のものにすぎないというべきである。

なお、原告は、本願発明を入線側で並列又は直列に接続することにより本願発明又はが得られることを指摘し、右及びの効果を強調するが、特許請求の範囲において、本願発明が本願発明及びと並んで択一的に記載されている以上、それらの接続関係がどうであろうと、右自体も本願発明にほかならないと解するほかないから、右又はに対する接続関係及びそれ自体の効果は、前記判断に影響を及ぼすものとはいえない。また、原告の指摘する右の点を本願発明の効果とみるとしても、入線数等の数値が関連する事項(これを考慮する余地がないことは前示のとおりである。)を除けば、引用フレームにおいてもそれと同じ接続が可能なことは、被告主張のとおりとみるのが相当であるから、右効果を本願発明における格別のものということもできない。

以上のとおりで、原告の主張はいずれもその理由がなく、審決には、これを取り消すべき違法の点はないから、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。

本願発明の要旨

切替バーを有するクロスバースイツチを二分割して、夫々トランクスイツチとし各トランクスイツチの水平路に入線を接続し、各トランクスイツチの垂直路を出線としてトランクリンクスイツチにクロス接続し、或いは、同じく二分割された切替バーを有する各トランクスイツチの水平路に上記トランクスイツチの水平路を夫々並列に接続しそれらの垂直路を別の一組のトランクリンクスイツチにクロス接続し、或いは、切替バーを有するクロスバースイツチにより二組のトランクスイツチを作り、各組のトランクスイツチの水平路に入線を接続し、各組のトランクスイツチの垂直路の出線を二分割して、一方の出線は一組のトランクリンクスイツチに、他方の出線は他の一組のトランクリンクスイツチに夫々クロス接続することを特徴とするトランクリンクフレーム中継線方式。

及びは、審理判断の便宜上本判決で付したものである。)

審決理由の要点

本願発明の要旨は、前記(二)に記載されたところにあるものと認める。

これに対し、原査定の拒絶理由となつた前記特許異議の申立に対する特許異議の決定書の記載を要約すると、異議申立人が甲第一号証(本訴甲第三号証)刊行物として提示した「Bell Laboratories Record-Oct 1949 Vol XXVII No.10」(以下「第一引用例」という。)および、甲第二号証(本訴甲第四号証)刊行物として提示した「施設―Vol.8 No.7」(以下「第二引用例」という。)には、本願発明の構成要件がそれぞれ記載されており、本願発明はこれらの公知事項から当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない、というにある。

ところで、第一引用例の第三六一頁Fig2およびその説明には、「ジヤンクターベイの各クロスバースイツチ(本願発明のトランクスイツチに対応)の水平路複式を二つに分割し、その各スイツチの水平路に入線を接続して、各スイツチの垂直路をトランクベイスイツチ(本願発明のトランクリンクスイツチに対応)にクロス接続したトランクフレーム中継線方式」が記載されており、また、第二引用例の第七五頁第3.2図およびその説明には、「クロスバースイツチを分割して使用すること」ならびに「それらを切替バーによつてそれぞれ独立に使用すること」が記載されている。

そこでまず本願発明のの部分と第一引用例記載のものとを比較すると、「クロスバースイツチを二分割して、夫々トランクスイツチ(第一引用例のジヤンクターベイ・スイツチに対応)とし、各トランクスイツチの水平路に入線を接続し、各トランクスイツチの垂直路を出線としてトランクリンクスイツチ(第一引用例のトランクベイ・スイツチに対応)にクロス接続するトランクリンクフレーム中継線方式」という点では、両者は一致するが、ただ本願発明のの部分が、「切替バーを有するクロスバースイツチ」を用いるのに対して、第一引用例記載のものはこの点についての記載がないので、一応この点を両者の構成に関する相違点として挙げることができる。

しかるに、「切替バーを有するクロスバースイツチ」を用いることは、第二引用例にも記載されているように公知の技術であり、そして、トランクリンクフレームにおいて、通常のクロスバースイツチを切替バーつきのクロスバースイツチに置き換えることは、当業者の設計的事項であるから、結局、本願発明のの部分は、第一引用例記載のものに対して第二引用例記載のものを単に類推適用したにすぎないと認めざるをえない。

また、本願発明のの部分の目的、効果についても、それらは所詮第一、第二引用例記載のものの具備する技術的機能から予測可能な域にとどまり、格別に顕著なものを認めえない。したがつて、本願発明のの部分は、前記の各公知技術から当業者が容易に発明をすることができたものに帰するので、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

ところで、本願発明は、本願特許請求の範囲に記載されている通り、の部分との部分との部分とが「或いは」で接続された、いわゆる択一的記載事項であるから、前記の理由によつて、の部分につき特許要件を具備しないものと認められた以上、の部分との部分について特許すべきものか否かを検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。したがつて、原査定は妥当なものと認める。

なお、本願発明のの部分との部分のそれぞれについても検討すると、これらも第一、第二引用例記載のものから当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、仮に、特許請求の範囲をまたはの部分のみの発明に補正することができたとしても、依然として本願発明は特許要件を具備しないものである。